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お掃除道具の歴史
学校掃除でおなじみのほうき、ちりとり、ぞうきんにも長い歴史があります。

歴史がわかるとお掃除が今まで以上に楽しくなりそうです。

■日本人と大掃除

古来、日本では正月に歳神(としがみ)を迎える習慣がありました。

歳神とは、新年のはじめに訪れ、年内の幸福と五穀豊穣をもたらす神のことと考えられました。

人々は歳神を迎えるために年の暮れに大掃除をし、玄関に注連飾りを飾ることを習慣としました。

注連飾りは歳神が家に訪れるときの目印で、その家が清浄な場だという証だった、とも言われます。

こうした考えは、いつの時代にあっても日本人の掃除に関する価値観の根底に流れています。

 

■朝廷の祭事にほうきが用いられた奈良時代

奈良時代には、掃除の際の動作を表す言葉として、「ハク」・「ハタク」・「ハラウ」などの語が用いられていました。

ほうきは、けがれを清める宗教儀式にも用いられていたと考えられます。

正倉院には、子日目利箒(ねのひのめときのほうき)という、ガラス玉をあしらったほうきが収められています。

これは、掃除ではなく、皇后が正月に蚕室を掃き清める朝廷の儀式用に使われたものです。

 

 

■年末に「すす払い」をする習慣が生まれた平安時代

10世紀には、宮中で年末に一年の煤を払う「すすはらい」が習慣化しました。

宮中の設営と掃除をつかさどる部署が設けられ、年末に行われていました。(※)

「掃除(または掃治)」という言葉が使われるようになったのもこのころからでした。

※鎌倉時代に書かれた歴史書「吾妻鏡」には、「宮中で年末にすす払いを行った」との記述があります。

■仏教の修行の一環としての掃除が広まった鎌倉時代

鎌倉時代の絵図を見ると、現在のものと変わらない形のほうき、ちりとり、ぞうきんなどが広く使われていたようすがわかります。

禅宗が中国から伝わり、各地の寺で、修行の一環として掃除が励行されるようになりました。

 

■禅宗と掃除

禅宗は6世紀はじめにインド人の僧・達磨(だるま)が中国に伝え、日本には鎌倉時代(13世紀)に中国(当時の宗)経由で伝えられ盛んになりました。

「一掃除 二座禅 三看経(かんきん)」と言われるほど、禅寺での生活は「なにはさておきまず掃除から」が基本となっています。

寺での様子は禅宗が隆盛を誇った鎌倉・室町時代に絵巻に描かれ、今日に伝えられています。

ぞうきんの素材は麻などで、長い木柄の先につけて使っていました。
ぞうきんのことは、禅宗の用語を用いて「浄巾」(じょうきん)と呼ばれていました。

 

■掃除の五功徳

釈迦は弟子たちに次のような掃除の功徳を説いたという言い伝えがあります。

■ほうき売という商売が出現した室町時代

室町時代に入ると商業が発達し、掃除道具を販売する業者があらわれました。

■室町時代のお掃除風景

室町時代、掃除に従事する人々は「庭掃き」と呼ばれていました。

 

 

参考文献

・学校掃除(沖原豊編 学事出版)
・道具が語る生活史8小泉和子著 朝日選書)
・新日本古典文学大系61・七十一番職人歌合(岩波書店)
・神秘の道具 日本編 (戸部民夫 新紀元社)




■12月13日に大掃除をする習慣が定着した江戸時代

徳川家康は1603年に江戸城を拠点に江戸幕府を開きました。

幕府は、12月13日に江戸城の「すすはらい」(大掃除)を行うことに決め、やがて一般の人たちにも広まって、定着していきました。

江戸城
江戸城

もとは12月20日ごろに行われていましたが、20日が三代将軍徳川家光の月命日(1651年4月20日に亡くなった)であったため、この日を避けて13日にした、と言われています。






■大奥のすす払い(大掃除)風景


大奥のすす払い(大掃除)風景
「風俗画報」




■江戸庶民ののすす払い(大掃除)風景


江戸庶民のすす払い(大掃除)風景
「真野家本・洛中洛外図」




■たたみ用のほうきが普及


たたみ用ほうき

たたみは、貴族や武士の屋敷に使われるぜいたく品でしたが、江戸時代の中ごろになると、ふつうの人たちの家にも使われるようになりました。

江戸時代中ごろに現在の和歌山県地方の名産品である「シュロほうき」(「シュロ」という植物から作られたほうき)という、たたみ用のほうきが各地で使われるようになりました。

江戸時代の終わりごろには、関東地方を中心に、「ホウキモロコシ」という植物から作られたほうきも使われるようになりました。




■「ほうき売り」と「ほうき買い」


江戸時代には、ほうきを売る歩く「ほうき売り」だけでなく、古いほうきを回収して、いくらか払うと新しいものととりかえてくれる「ほうき買い」という商売もありました。
「ほうき売り」と「ほうき買い」




■もめんのぞうきんが普及


古い布を何枚も重ね、糸で縫い合せてぞうきんを作りました。

もめんは、シャツやジーンズなどのふだん着に使われている、なじみ深い繊維です。もめん製の衣類は、江戸時代の中ごろに一般の人たちの間で着られるようになりました。古くなったもめんの衣類の一部は、ぞうきんとして再利用されました。




■花ぞうきん


名君・上杉鷹山で知られる「米沢藩」(山形県米沢市)では、下級武士の妻たちが、「花ぞうきん」と呼ばれる玄関の敷物を作っていました。その文様には夫の出世や子供の健康を願う気持ちが込められたと言われます。
花ぞうきん




■寺子屋でのお掃除


一般の家庭の子どもたちは、「寺子屋」という、今の小学校のようなところで、文字の書き方や計算などを勉強していました。寺子屋では掃除は重要な日課とされ、当番制で行われていました。
江戸時代の寺子屋の様子




■寺子屋で「お掃除当番」が定着


寺子屋では、読み書き以外に、寺院と同様、掃除が重要な日課として重視されました。
掃除は課外作業のひとつとして、当番制で行われていました。この時代から、すでに現在の学校掃除と近いやりかたで掃除が行われていたのです。

寺子屋で「お掃除当番」が定着





■江戸時代の人たちの日用品


お掃除道具は現在使われているものとあまり変わりません。
江戸時代の人たちの日用品


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