TERAMOTO くらしとterakoyaコラム

いつも見ている風景にも、たくさんの工夫がこめられています ~“思い”が変えていくベンチの世界~
2021.09.29 業界コラム

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『ベンチ』と聞いて思い浮かべる風景はどんな場所でしょうか。
公共施設やショッピングセンター、公園、交通機関――。
ちょっとひと息をつくための場所や待ち合わせなど、目的はさまざまですが、あらゆる年代の人々の生活のなかにあるものの1つです。
そんな“いつもの風景”のなかにある『ベンチ』ですが、求められる便利さや安全性のための工夫がこめられ、少しずつ変化しつつあります。
なかでも、多くの人が利用する“駅”のベンチは、ここ数年で大きく変わり始めています。

駅のホームで一番に求められるもの

『ベンチ』が置かれている場所のなかでも、駅のホームは様々な状況に対応しなければいけません。
とくに首都圏や都市部の駅では、朝夕の通勤・通学タイムの混雑は避けられません。
他にも、高齢者やハンディキャップを持つ人たち、観光客など海外から来訪者――身長や体格、年齢、習慣がまったく違う人たちが利用するのが、駅なのです。
そんな駅のホームで、なによりも求められるのは安全性ではないでしょうか。

人の行動心理を分析、ベンチの“向き”が事故を防ぐ

2015年ごろから、少しずつ取り入れられてきたある変化――それはホームに設置されたベンチの“向き”です。
一般的にホームに置かれたベンチは、線路に対して平行(座った時に正面が電車の扉になる)でした。
それが徐々に、向きを90度変えた“線路に対して垂直”に変更されたのです。
ホームへの転落事故のなかでも多いのが、酩酊状態の人がバランスを崩して転落してしまうケースでした。
鉄道会社が事故の状況を分析したとき、予想外に多かったのが“ベンチから急に立ち上がり、ホームへまっすぐ向かって転落する”パターンでした。
これを防ぐために考えられたのが、ベンチの向きを変えてしまうことだったのです。
平行に設置している時よりもスペースがとられてしまうというデメリットはありますが、転落事故防止のために一定の効果をあげていると考えられています。

ホームドアの設置は、鉄道人身事故への大きな抑止力に

ホームからの転落事故防止への大きな抑止力となっているのは、ホームドアの設置です。
日本でも特に利用者の多い山手線(JR東日本)では、2010年からホームドアの設置が開始されました。
2020年度末までに山手線・京浜東北線・根岸線を中心に72駅に設置され、2021年には新たに21駅への整備がすすめられています。
ホームドアの設置は、急病や酩酊状態での歩行・視覚障害を持った人の線路への転落防止、鉄道自殺への抑止力として非常に高い効果をあげています。

安全性と社会の多様化が、ベンチのデザインを変えてゆく

駅のホームに欠かすことのできない“安全性”のためのホームドア設置は、首都圏だけでなく全国的に広がっています。
基本的にホームドアは後付け工事で設置されますが、どうしても避けられないのが、スペースの問題です。
地下鉄や複数の路線が交差する駅など、もともとホームの幅が狭い場所も少なくありません。
実際に、関東圏の主な鉄道業者に行ったアンケートでは、ベンチの需要が高いものの設置する予定がない理由として「スペース不足」という回答が多く寄せられました。
今まで駅のホームにあるベンチといえば、座面が横長に伸びて何人も座れるタイプのもの、1人掛けの椅子タイプの座面がいくつか並んでいるものが主流でした。
しかし、ホームのスペース不足や高齢化・多様化していく社会に対応していくために、ベンチ自体の形が変わり始めたのです。

実はもう目にしているかもしれない、工夫をこめられたベンチたち

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さっと立ち上がれるハイタイプデザイン

普段生活しているなかで、ベンチの座面の高さを意識することはほとんどないでしょう。
「座る」というイメージの多くは、座面に深く腰掛けて背もたれによりかかる形だと思います。
しかし駅のホームなど「電車を待つ間の時間だけ座る」という利用目的の場合、すっと立ち上がれることも必要になってきます。
そこで注目され始めたのが、ハイタイプのベンチです。
通常のベンチよりも座面が高く、足が軽く曲がる程度で腰掛けることができます。
一見すると座りづらそうな見た目のハイタイプベンチですが、実はメリットの多いデザインなのです。
座面の幅がスリムになっていて省スペースなだけでなく
そして座面の高さは、意外にも座りやすく立ち上がりやすいという効果があります。
多くの高齢者のかたが持っている、足腰の曲げ伸ばしがしづらいという悩み――ハイタイプのベンチは、立ち上がる・座るという動作への負担を軽減します。

省スペースを極めつつも、リラックスを求めるベンチ

電車内で椅子に座れなかったとき、ついついドアの両端の部分に立って手すりに寄りかかることがあります。
これは立った状態であっても、お尻から腰のあたりをどこかに寄りかからせると、体重を預けてリラックスできるからだと言われています。
そこに着目してデザインされたのが、“座らない”ベンチ。
寄りかかりベンチ、スタンディングレスト、ヒップバーなどさまざまな呼び方があります。共通するのは、立っている人の腰からお尻の高さに、少しだけ斜めになった背もたれのような部分があるデザイン。
ベンチを置くスペースがない狭い場所でも、壁によりかかるような姿勢でゆったりくつろげます。
また、駅でのトラブルの原因にもなる「ベンチに座った時の足の投げ出し」も防止できます。

ほんの少しのプラスが助かる、工夫をこらされたデザインベンチ

ここ最近よく見かけることが多くなったのは、座席部分の横に荷物を置くスペースがあるベンチです。
買い物や旅行帰り、観光などで電車を利用する人はどうしても荷物が多くなってしまいます。
自分が座っている場所の隣の席に荷物を置いてしまうなんてこともよく見かける場面です。
そこで、あらかじめ荷物を置くことを考えたうえでデザインされたベンチが誕生しました。
座面と座面の間に、あえて荷物用のスペースをわずかに取っているこのベンチは、全国的に普及しています。

それぞれの駅に合わせたデザイン、そしてニューノーマルな生活のなかに対応するために

ここ数年、全国で駅舎の改修工事が盛んになっています。
スロープやエレベーター、多目的トイレの設置などバリアフリーに対応するための改修だけでなく、各地のターミナル駅では付近の商業施設と合わせて大がかりな建て替えが行われています。
駅全体がその地域に合わせた特徴的なデザインになり、実はベンチも駅ごとにカラーや素材が変更されていることもあるのです。
もちろん見た目だけでなく、例えば海に近い駅では錆びにくい素材を選んでメンテナンスの負担を軽くするような配慮もされています。
また、不特定多数の人が接するベンチは、感染症対策として今までよりも掃除や除菌の必要性が高まります。
ベンチデザインへの新たな視点として、掃除のしやすさはこれまで以上に着目されるかもしれません。

 
参考:駅におけるベンチの設置状況等に関するアンケート(2017年関東運輸局交通政策部)