茶の湯から伝わる「おもてなし」のこころ ――“一期一会”の心得は、現代のホテル業務に受け継がれています
2023.04.06
ホテル全コラム
ホテル豆知識
コロナ禍で一時は落ち込みを見せたホテル・宿泊業界。
しかし国内旅行の需要の増加や、感染症対策の徹底によって、少しずつ勢いを取り戻し始めています。
海外からも注目される、日本のホテルの「おもてなし」は、長く受け継がれてきたある考え方が活かされています。
「おもてなし」のふたつの語源
誰でも知っている言葉のひとつとなった「おもてなし」。
その語源は、「もてなす」という動詞で、「モノを持って成し遂げる」という意味です。
モノとは、目に見える「物」と見えないものである「心」を指していて、「おもてなし」は茶の湯の作法のひとつとして広まったと言われています。
茶の湯では、客人への心配りが何よりも大切とされています。
また、もう一つの由来として伝えられているのが「表なし」――心に表裏がない状態で客人をもてなすという意味がこめられています。
どちらの語源でも、客人に満足してもらうために、何をすればいいかを考え、準備することの大切さを指しています。
おもてなしの心は、茶の湯とともに
茶の湯――茶道の文化とともに広がりを見せた「おもてなし」の心。
お茶の歴史は古く、平安時代に仏教とともに中国から日本に伝わってきました。
当時、お茶は庶民の手にはほど遠く、貴族や僧侶といった身分の高い人々しか口にすることができませんでした。さらに現在のような飲み物ではなく、蒸した茶葉を固めたものを薬のように飲んでいたそうです。
お茶の粉を湯と混ぜて飲む習慣が始まったのは、鎌倉時代。
武家社会を中心に広がっていきました。
その後、室町時代に仏教の考えのひとつ「禅」の精神が取り入れられ、小さな茶室でお茶を嗜むといった、茶道の原型のようなスタイルが生まれます。
そして、茶の湯と言えば、多くの人が思い浮かべる歴史上の人物――千利休によって、現在まで続く茶道とおもてなしの精神が確立しました。
おもてなしの基本が全てつまった、7つのポイント
千利休が説いた茶の湯の心構え、『利休七則(りきゅうしちそく)』。
この心構えは、茶道だけでなく「誰かをおもてなしする」ということの基本が全てつまっています。
現在のホテルで行われている「おもてなし」にも繋がる7つのポイント。
利休の言葉を、現代に置き換えてみましょう。
一、茶は服のよきように
自分がやりやすいやり方ではなく、相手の気持ちを考えて、心をこめること。
二、炭は湯の沸くように
ただ単に準備をするのではなく、段取りは丁寧に行うこと。
三、夏は涼しく冬は暖かに
季節感を大事にしながら、快適に過ごせるように工夫すること。
四、花は野にあるように
茶室を飾る花は、華美に飾り付けず本来の美しさを活かすこと。
五、刻限は早めに
時間にゆとりをもって行動して、心に余裕を持つこと。
六、降らずとも雨の用意
どんな時にも焦らず対応できるように、備えておくこと。
七、相客に心せよ
同席しているすべての客人に、心を配ること。
茶道から学ぶ「おもてなし」は、客人を迎えるための心配り
千利休が基礎を作ったと言われる「茶の湯」は、さまざまな流派に分かれていき、江戸時代になり「茶道」と呼ばれるようになりました。
茶道というと、厳しい作法や手順を守ってお茶を飲むという堅苦しいイメージがあります。
しかし、その基本は「利休七則」からもわかるように「客人をもてなす」こと。
お招きする客人のことを思い浮かべながら、茶器や茶室にかける掛け軸を選びます。
季節や好みに合わせた茶菓子を用意し、茶会が行われる日にちょうど綺麗に咲く花を飾る――なんと茶室から見える庭木の葉を一枚ずつ磨くということもあるそうです。
そして、丹念に準備した茶室は、客人がやってくることで完成します。
四文字熟語としてよく使われる『一期一会』は、生涯に一度しか会えないものと心得ておもてなしするように、という茶道の心得を表しています。
そしてこの心得は、お客様をお迎えするという現在のホテル業務でも同じように活かされています。
「おもてなし」の高みを目指して――インスペクションという役割
ホテルで行われるおもてなしと言うと、宿泊客と直接やりとりするフロント、旅館などの仲居さんをイメージすることが多いです。
ですが、決して宿泊客の前には出ないものの、「おもてなし」の高みを目指す役目を担う仕事があります。
それが『インスペクション』という業務。
インスペクション(inspection )とは、直訳すると“検査・調査”という意味になります。
ホテル業務においては、客室清掃が終わったあとに不備がないかをチェックすることを指します。
客室清掃は、宿泊客がチェックアウトした後から次のチェックインまでの短い時間にすべてを終えなければならない大変な仕事です。
室内・水回りの清掃、ベッドメイキング、備品の点検やアメニティと補充――短時間で客室を整えるために、ホテルの多くでは徹底したマニュアル化を行っています。
そして、客室清掃員とは別に、清掃を終えたあとの客室をチェックすることを『インスペクション』と呼びます。
インスペクション担当者は、客室が次の宿泊客を迎えるにあたって問題がないかを徹底的にチェックします。
インスペクション担当者が行うのは、どんなこと?
インスペクション担当者が行うのは、まず「迎える側」としての視線でのチェック。
宿泊客が進むルートを想定しながら、室内へ一歩進んだ瞬間からすみずみまで厳しく目をこらしていきます。
【ドア】
ドアの開閉に問題や異音はないか、スコープ・ドアノブ・ルームナンバーなどに汚れや曇り・傾きがないかなど。
【クローゼット】
クローゼット扉の表裏の汚れ、開閉、ハンガーやスリッパなどの数のチェック、クローゼット内の照明がある場合はきちんと点灯するかなど。
【水回り(バス・トイレ)】
バスタブやシャワー、鏡、蛇口などの金具に水滴や汚れ・曇りが残っていないか。
タオルラックや棚などにぐらつきはないか。
トイレは表からは見えない部分に汚れが残っていないか。
バスタオルや使い捨てアメニティの不備がないか、ドライヤーなどの機能確認。
サニタリーボックスなどが空で、清潔な状態か。
【客室内】
ベッドメイキングは正しく行えているかどうか。
リネン類や床などに埃や髪の毛が落ちていないか。
椅子や机に軋みや不備・汚れやシミがないか。
室内備品類(お茶などのアメニティやコップなど)に不備はないか。
窓枠・窓ガラスの掃除は行き届いているか。
窓の開閉や、カーテン・カーテンレールに不備はないか。
引き出し内の備品は揃っているか、忘れ物やゴミなどが入っていないか。
ゴミ箱が空で、新しいゴミ袋がセットされているか。
【照明・家電・空調など】
室内の照明がきちんと点灯・調光できるかどうか。照明器具に埃が残っていないか。
空調は正しく機能するか。室内のニオイに不快感はないか。
テレビや電話などの家電類に不備はないか。リモコンの汚れは残っていないか。電話のコード類が絡まっていないか。
冷蔵庫内が空になっているか(規定の飲み物がある場合は揃っているか)、食品のニオイが残っていないか。
“迎える側”と“招かれる側”のふたつの視線で心地よい空間を
インスペクション担当者がチェックする項目は、多いところでは100以上と言われています。
また、清掃が行き届いていないとクレームがあった場合の責任者は、インスペクション担当者になることも。
直接宿泊客の前に立たずとも、ホテルの満足度に直結する業務です。
そんなインスペクション担当者の室内チェックで、もうひとつ重要なことは、「ゲスト(宿泊客)側の目線」を持つこと。
“迎える側”と“招かれる(宿泊する)側”のふたつの視線でチェックすることで、おもてなしの心をより深めることができるのです